宗教霊
神社、仏閣にも霊が集まってる原理と似たところがある。
すべての宗教に問題がある訳ではないが、その本部や道場、教会に集まってくる人々の中にも良い想念の人もいれば悪い想念(エゴが強かったり、自分の事しか考えないなど)の人も集まる不幸や病の原因も分からず、又己を省みる心を持たない場合、ただやみくもに神仏にすがりその教義のみを信じ、他を排泄するが如くこれだけをやり続け、信じ続ければ幸せになる救われると狂信的な思いになり広い視野で物事を見なくなる。
それと同じような想念の霊が信者の数の10倍以上集まっていることが少なくない。そのような思いで生き続け、尚死んだあともそのまま同じ心なら、そこに集まろうとするだろう。しかそういう霊はけっして悟って死んでいった訳ではないので、その宗教にまつわる、関わる人達の指導霊になる訳でもなく、ましてや守護霊する力もない、それどころか肉体が無くなってまるで自分がその神のすぐ下につけてような気持ちになり、偉くなったような高慢な心を持てば、その宗教とっもこらしめてやろう、わからせてやろうという、愛とは遠い感情が、その場を支配する結果となる、そうであるがゆえにその宗教霊が変な力を持つようになると、その霊が目えをかけ波動が合いさえすれば、難病ば直ったりというようなその人にとっては奇跡的な事がおこりえる。
本当の神仏や本物の天使などは、その人が成長でき向上していく事を一番に考えるので、祈ったり毎日通ったから、そのトイレを掃除したから、会の奉仕をしたから、人を入信させたからと言ってごほうびをくれるものでもないし、そんな交換条件のようなものではないはずで、御奉仕などをして病が治ったり良いことが起きた人は、他の人よりも下座の心で清らかに純粋に自己を思わずまず他の人に思いを寄せ、且つ行動した人だからである。
そういう思いと行動が天の理にかない又宇宙の法則にもかない。カルマが減らされた事などにもよるのである。
その人にとって治る時期になっていたという場合もある。
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