霊供養
霊供養について
祀ってお経をあげたり、墓参りをすることが供養だと思っている人も多いようだが、義務的にとか利己心で祈るのは供養にならない。陰膳をしたら、別の霊が寄ってくる(そういう場合もある)とかあくまでのも形式ではなく、思いなのだ。霊は人間の口先の言葉よりも、心の中の思いを察するので、本心はつたわるものなのだ。
日本は供養の供養の習慣が根づいているが、西洋の霊がお経をほしがっているとは限らない。霊によって違うのは、人間の要求が人によって異なることと同じなのだ。
日本人であってもキリスト教の信者だった人で主の祈りや天使祝詞を捧げてほしい霊もいるように、すべての霊が般若信経や法華経を唱えてもらいたがってるとは限らない。
お経の波動が感じられる位、進化した魂であるなら話は別だが、あくまでも生きている人間が信じている物、対象、好みなどを重視してあげるのもよいだろう。
霊供養の基本
故人の好きなものだけをしている人もいるようだが、けっして先祖霊に対してにせよ、愛する故人にしろ、願い事を言ったり、霊の足を引っ張るような、現界の不幸な話、愚痴、泣き言などは、言わないほうがよい。
人間もこの世が修行の場であるように、霊もあの世で修行している場合が多い。階段に応じて、その修行の内容は違ってくるがこの世のことが気になって、地上に執着の念をめばえさせるのは足を引っ張ることになるのである。こちらもみんなで頑張っていますから、安心して向上してくださいと祈るのが良い。
供養するのは守ってもらう為にとか、お金に不自由しないようになるものだとかいう思いでするものでなく、先祖の霊に限らず、他人の霊でもあっても苦しんで亡くなった方に対する哀れみを持つ心が大事だし、何よりも、生きている人間や子孫が霊的に向上し、他を思いやる精神で世の為人の為に役立つ生き方をしていけば、先祖霊も喜ぶだけではなく、救われるが如く共に向上していけるのだ。
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